水間ロンの国籍は?中国とのハーフ説や生い立ちをwiki風まとめ!

水間ロン 国籍

「水間ロン」さんは、松重豊さんや眞島秀和さんといった、名バイプレイヤーがそろう実力派事務所ザズウに所属する、今注目の俳優さんです。

最近では、NHK朝ドラ『おむすび』や映画『国宝』など話題作への出演が続いていますが、作品ごとに「え、これ同じ人!?」と驚くほど顔が変わるカメレオン俳優としても知られています。

そんな水間ロンさんですが、実は中国に深いルーツを持っていて、その生い立ちは驚くほど波乱万丈なんです。

一体どんな生い立ちで、どんな素顔を持っているのか、気になりますよね!

そこでこの記事では、水間ロンさんの国籍や生い立ち、家族やルーツについて、さらには「これだけは見逃せない!」というおすすめ作品まで、徹底的に調査してまとめました。

この記事でわかること
  • 【水間ロン】国籍や生い立ち
  • 【水間ロン】家族やルーツについて
  • 【水間ロン】出演作まとめ&おすすめ作品3選
目次

水間ロンのwiki風プロフィール!驚きの経歴や知られざる素顔

画像引用:X
プロフィール
名前水間ロン(みずまろん)
生年月日1989年10月28日
年齢36歳(2026年3月現在)
星座さそり座
出生地中国 大連市
出身地日本 大阪府
身長180cm
特技バスケットボール、中国語
趣味バックパッカー
好きな映画●『モーターサイクル・ダイアリーズ』
●『イントゥ・ザ・ワイルド』
●『マイ・プライベート・アイダホ』
好きな俳優ジャッキー・チェン
所属事務所ザズウ

水間ロンさんは、繊細ではかなげに見えて、実は身長180cmというモデル顔負けのスタイルの持ち主なんです。

その高身長を活かして、小・中・高時代は「バスケしかやっていなかった」と語るほど、バスケットボールに明け暮れる毎日だったのだとか。

華麗なボール回しを披露!

今でもBリーグの試合を観戦しに行くほどバスケ愛が深く「自分が身長2m超えの選手だったら、試合でダンクシュートを決めるのに…」なんて、妄想することもあるそうです。

意外にも、クールな外見からは想像がつかないほど、おちゃめでスポーツマンな一面ももっているようですね。

ロンさんは小顔で手足も長くてスタイルが本当にイイよね!

続いて、そんな水間ロンさんの気になる生い立ちなど詳しくご紹介していきます。

国籍は日本?それとも中国?

水間ロンさんの国籍は日本だが、ルーツは中国と日本の両方にある

国籍についての答えは、インタビューで語られていました。

日本人ですって言います。持ってるパスポートがそうなので。

引用:Mikkusu Magazin

国籍は日本ですが水間ロンさん自身は「日本人でもあるし中国人でもあって、何人かと答えるのは難しい」とも話していました。

そして現在は、自分のルーツを場所によって柔軟に使い分けているそうです。

今は使い分けてます。中国に行ったら外人な感じで日本にいる時には中国人だよって言ったりして(笑)

引用:Mikkusu Magazin

水間ロンさんは、あえて自分の立ち位置を固定しないことで、どちらの国にもうまく馴染むことができているようです。

そんな境界線にとらわれないフラットな考え方も、水間ロンさんの魅力につながってるのかもしれませんね。

ハーフとの噂は?

水間ロンさんのお父さんは日本人と中国人のハーフ、お母さんは中国人なので、日中のハーフとも言えますが、厳密には「クォーター」という表現がしっくりくるようです。

水間:僕は父が中国の大連と日本のミックス、母が中国の大連人で、4分の3が中国人の血、4分の1が日本人の血です。

引用:Cinemagical

水間ロンさんの生まれは、お母さんが里帰り出産をしたため、中国の大連となっています。

実はお兄さんのときは住んでいた大阪で出産したのですが、言葉が通じずかなり辛い思いをしたこともあり、弟の水間ロンさんの時は、住み慣れた故郷での出産を選ばれたんだとか。

確かに命がけで出産するのに、言葉も通じず文化も違う国となると、その心細さは想像を絶するものだったのではないかと思います。

その後ロンさんは生後4カ月で大阪に移って、そのまま大阪で育った生粋の関西人なんだよ!

大学はどこに通っていた?

公表されていないが実家近くの国公立大学の可能性が高い

高校卒業後、俳優になりたいと考えた水間ロンさんは「東京に行きたい」とご両親に伝えましたが「大学だけは出てほしい」と説得され、まずは進学することに決めたんだそうです

どこの大学に進学したのかな?

大学を探すヒントとして、水間ロンさんのこんな発言がありました。

あんまり裕福な方ではなかったので下宿代とかキツイから大阪の実家から通える大学出たら後は自由にしていいってことだったんで

引用:Mikkusu Magazin

実家から通える範囲という条件があったようですね。

水間ロンさんの実家の場所は公表されていませんが、これまでのインタビューやInstagramの投稿から、ある程度地域を絞ることができそうです。

  • インタビューで「育ったのは大阪の在日の人が多く住んでいる地域」と発言していた
  • Instagramで天王寺駅周辺の阿倍野区にある飲食店を、子供の頃からよく通っているお店として、紹介していた

この2点から、水間ロンさんは大阪最大のコリアンタウンがある生野区周辺が実家だったのではないかと推測できます。

生野区周辺からなら、天王寺や阿倍野はすぐ近くだもんね!

実家から無理なく通えて、学費が比較的安いと考えられる大学として、下の2校などが候補としてあげられます。

  • 大阪公立大学(杉本キャンパス
    ⇒電車で10分程度の公立大学
  • 大阪教育大学(天王寺キャンパス)
    ⇒自転車で通える距離の国立大学

もしこれらの学校に通っていたとしたら、どちらも難関校なので、水間ロンさんはかなり頭が良かったと言えそうですね!

29歳で北京電影学院へ留学

さらなるステップアップを目指し、コロナ前の2018年には中国にある映画学校の1年コースに通い、卒業されています。

気になる学校名については、水間ロンさんのInstagramの投稿から特定できました。

今日はアニメの日。ということで北京電影学院の同級生の日本アニメ大好きなコロンビア人の友達セバスチャンが撮ってくれた写真。コロンビアは大変だけど頑張れ!

引用:Instagram

この北京電影学院ってどんな学校なの?

北京電影学院はアジア最大規模の映画大学で、撮影スタジオや映画館から最新の研究施設まで完備されている、まさに映画教育の超名門校なんです。

卒業生には、中国国内はもちろん世界的に活躍する俳優や監督も多く、世界各国からプロの技術を学ぼうと優秀なクリエイターが集まるアジア映画界の聖地ともいえる場所なんだそうです。

地頭がいい!独学で中国語「HSK6級」を取得!

中国語検定試験「HSK」の最上級6級に数カ月の独学で合格した

2021年、コロナ禍で時間ができたことをきっかけに、これまでの経験を活かして中国政府も公認している中国語検定試験HSK6級(最上級)に挑戦することに。

試験勉強のスタートを報告!

そのわずか3カ月後「自信はなかったけど、思ったより点数が伸びて良かった」と、見事6級に合格したという、うれしい報告がありました。

と、サラッと報告してますが「HSK6級」合格というのは、実はとんでもなくすごいことなんです!

HSK6級に合格するためのハードルとは?

  • 【リスニング】…ネイティブが話すスピードのニュースを正確に聞き取る力
  • 【読解】…大量の文章を短時間で読み解く高度な速読力
  • 【作文】…1,000文字程度の文章を10分間読み、元の文章を見ずに400文字程度に要約する、圧倒的な理解力と記述力

日常会話の倍以上、5000語以上の語彙(ごい)力に加え、非常に高い情報処理能力が求められるため、受験者の間でも「難易度がえぐい」と評判の試験なんです。

合格した6級の資格があれば、ビジネスレベルで中国語を完璧に扱えるとみなされ、通訳や翻訳などプロとして仕事ができるレベル。

水間ロンさんは中国語を話すご両親のもとに生まれていますが、実際に話せるようになったのは19歳の頃なんだそうです。

もともとネイティブレベルで理解できていたわけではなかったからこそ、この短期間での合格はまさに「スゴイ」の一言につきますよね。

一般的な日本人より中国語に対してのアドバンテージがあるとはいえ、ネイティブの人でも6級は難関なんだよ!

そんな試験に合格しちゃうなんてロンさんの地頭の良さは本物なんだね!

俳優を目指したきっかけは両親の影響

ジャッキー・チェンさんが好きな両親の影響で俳優に興味をもつようになった

俳優という職業に憧れをもったきっかけは、映画好きだった両親の影響だといいます。

両親がジャッキー・チェンが好きだったので、ずっと小さい頃から一緒に見ていて、そこでただただかっこいいなって思って、ジャッキー・チェンの映画を好きになりました。

引用:+act

アクション俳優のジャッキー・チェンさん!

画像引用:X

ジャッキー・チェンさんの命がけのアクションが日本でも大流行してたよね!

そんなジャッキー・チェンさんの作品を通じて映画やテレビが大好きになり、子供の頃から俳優に対して憧れの気持ちを抱くようになったといいます。

本格的に将来を考え始めたのは、高校時代にバスケットボール部を引退した後のこと。

進路に悩む中で、ふと心に浮かんだのが俳優の道でした。

高校生の時に進路を考えた時に、「将来何になろうかな。俳優をやってみたいな」くらいの感覚でした。

引用:トーキョー女子映画部

その後、ご両親の願いで大学に進学しますが、夢への熱意は冷めませんでした。

なんと大学時代は、オーディションがあるたびに新幹線で大阪から東京へ通い続けていたんだそうです。

そして大学を無事に卒業した後、本格的に俳優を目指して上京することになります。

なんとなく目指した俳優だけど、新幹線で通い詰めるほどの情熱があったから、今の才能が花開いたんだね!

20人シェアハウス&ヒッチハイクの下積み時代

上京後はお金がなくてシェアハウスに住んだり、ヒッチハイクの旅をしたりしていた

当時は、知り合いやツテもなく何も分からない状態で上京し、バイトとオーディションに明け暮れる日々だったんだそうです。

そんな中、住んでいたのが三軒茶屋にあった、なんと20人が共同生活を送る大型シェアハウス!

寝室には2段ベッドが5つ並ぶ部屋が2つあるような環境だったそうですが、今となっては「楽しい良い思い出」なんだそうです。

実際に住んでた建物をロンさんのInstagramでも紹介してるんだよ!

また、下積み時代にハマっていたのが、大好きなロードムービーへの憧れから始めた「ヒッチハイクの旅」。

きっかけは「いかにお金を使わずに実家から東京に帰るか」を考えたことだったんだそうです。

映画の影響で“ヒッチハイクで帰ればええやん!”って思って(笑)。初めてヒッチハイクした時、案外すんなり帰れたんです。それで、味をしめたんです(笑)

引用:+act

ときには田舎の誰も通らないベンチで眠ることもあったそうですが、基本的にはあまり苦労せずヒッチハイクを楽しめたんだとか。

その後、25歳のときに現在の事務所に応募して受かり、そこから少しずつ俳優としての仕事が増えていきました。

下積み時代って辛い思い出を想像しちゃうけど、ロンさんの場合はなんだか楽しそうな下積み時代だったんだね

将来の夢は日本と中国の架け橋に!

将来は日中両国で活躍し、俳優として架け橋のような存在になるのが目標

 現在も、日本だけでなく中国でも俳優として、多数の作品に出演されています。

意外にも一番難しいのが、中国語のセリフよりも「外国の方が話すカタコトの日本語」の演技なんだそうで、コントのようになっていないか不安になることもあるんだとか。

さらに、日中だけでなくハリウッドなど、世界を舞台にした活動にも意欲を燃やしています。

いろいろな文化に触れたり、いろいろな経験がしたいのでチャンスがあればどこの国でも。おもしろい作品があれば、すごくやりたいなと思います。

引用:トーキョー女子映画部

また、いつか現在の中国映画界を代表する巨匠、ジャ・ジャンクー監督やロウ・イエ監督が撮る、メッセージ性の強い作品に出てみたいという具体的な夢も持っています。

そして今後も、自身の生い立ちやキャリアを活かし、さらに大きな舞台へ挑戦し続けていくそうです。

日本だけでなく、中国だけでなく、両方でやりたいというのが自分の思いです。架け橋なんて大それたことは思っていませんが、自分のために挑戦したいと思っています

引用:+act

ロンさんにいつか両国の友好の架け橋になって欲しいよね!

次は、水間ロンさんのバックグラウンドとなっているご家族について紹介していきます。

水間ロンの家族はどんな人? 19歳で知った自身のルーツとは!?

父・母・兄の4人家族で父親は残留孤児だった

水間ロンさんは、大阪の在日コリアンが多く住む地域で育ったため、周囲から偏見やいじめにあうことはありませんでした。

しかし、自身の中では「両親が中国にルーツがある」ということに、大きな抵抗感があったんだそうです。

そんな中国にルーツを持つご両親の馴れ初めには、お父さんが残留孤児だったという背景が大きく関係していました。

どんな馴れ初めだったの?

お父さんが40歳の頃に日本へ移住した当時、日本語が全く分からず、高い言葉の壁にぶつかっては、深い孤独を感じる日々を過ごしていたんだそうです

そんな中「やはり言葉の通じる中国の方を妻に迎えたい」と知り合いに相談し、紹介されたのが大連に住んでいたお母さんでした。

その後、2人は文通から交際をスタートさせて、結ばれたんだそうです。

大人になってから全く違う文化に飛び込むのって本当に大変なことだし、一番の理解者として言葉や文化が同じ人と結婚したいと思うのは、ある意味当然のことだよね。

まずは、当時の水間ロンさんの考えを大きく変えたお父さんから紹介していきます。

【父】入院中に明かされた残留孤児というルーツ

水間ロンさんが自分のルーツを知ったのは、高校卒業後の19歳のときでした。

お父さんが病気で入院することになり、普段無口な父親と2人きりでゆっくり話す機会があった際、初めてお父さんの生い立ちを知ったんだそうです。

祖父が満州に行っていて現地の祖母と知り合って父が生まれたらしいです。でもすぐ終戦になって祖父はシベリアに抑留されたみたいで。それから父は満州で残留孤児になってそのまま大連で育ちました。

引用:Mikkusu Magazin

日本語は大人になって勉強を始めたから、お父さんは今でも日本語はカタコトなんだって

日本国籍の残留孤児として中国で生きてきたお父さんですが、やはり自分のアイデンティティに悩み、生きづらい人生を送ってこられました。

そんな中、生き別れになったお父さん(水間ロンさんの祖父)のことをずっと探していましたが、なかなか見つからないまま何年も過ぎていきました。

ところが、40歳を超えたときに日本の新聞社が居場所を突き止め、それをきっかけに1980年頃、お父さんもやっと日本への帰国を果たすことができたんだそうです。

でも、生き別れになったお父さんには、すでに新しい家族ができてたんだよね…

というのも、戦後の混乱や、1972年に国交が正常化するまで連絡手段が限られていたこと、さらに「中国に残った人は全員亡くなった」という情報もあった当時の複雑な状況を考えると、仕方のないことですよね。

180度変わった自身のアイデンティティ

そんなお父さんの壮絶な生い立ちを初めて知り、水間ロンさんの考えは180度変わったんだそうです。

その時、それまで中国の血っていうのを恥ずかしがっていた自分のことが逆に恥ずかしくなった瞬間でした。

引用:Mikkusu Magazin

今までコンプレックスに感じていた中国のことをもっと知りたいと思い、中国語を勉強して、自分のルーツをたどるために中国へ1人旅に出たんだそうです。

そこで現地の人たちと触れ合い、中国語で話すうちに、自分の悩みがいかにちっぽけだったかに気づかされました。

「国境の壁など関係ない。そんなことはどうでもいいことではないか、と吹っ切れました」

引用:iza

約20年間、嫌っていた自分の血やルーツを、ありのまま受け止めることができた瞬間だったようです。

【母】日本人じゃない母親が恥ずかしかった過去

水間ロンさんは、小さい頃から周囲の友達とは違う、カタコトな日本語を話す中国出身のお母さんを恥ずかしく思っていました。

そのために、一緒に出かけても「人前ではしゃべらないでほしい」と言ったり「家でも日本語で話して!」「参観日にも来ないで」などと、心ない言葉をぶつけてしまったこともあったんだそうです。

ほかにも、周りの友達は彩り豊かなお弁当なのに、お母さんが作るお弁当は茶色いものばかりで、それも嫌で仕方がなかったんだとか。

小さいころは、周りと違うことが恥ずかしくてしょうがないし、親のありがたみも理解できないし、しょうがない部分はあるよね…

そんな水間ロンさんですが、中でもお母さんに対して今でも後悔している言葉があるんだそうです。

「なんで日本人ちゃうねん!」って、当時小学校低学年くらいの時に思いっきり泣きながら言ったんですけど、その言葉をずっと覚えてるんです。

引用:Mikkusu Magazin

思わず口から出てしまった言葉のようでしたが、当時も「言ってはいけないことを言ってしまった」という自覚があり、その時の状況やお母さんの表情を今でもはっきりと覚えているんだそうです。

そんな子ども時代を過ごした水間ロンさんですが、お父さんの生い立ちを知り、自ら中国語を勉強してからは、お母さんに「これからは中国語で全部話そう」と伝えたんだそうです。

これまでの出来事を思い返すと、この一言は、息子がお母さんのルーツもありのままに受け入れたという証で、お母さんもきっと、言葉にできないほど嬉しかったのではないでしょうか。

ロンさんもいろいろな思いがあって辛かったけど、お母さんもお母さんで言葉にできない辛い思いをたくさんしてたんだね…

【兄】嫌いから愛おしい存在へ

水間ロンさんには1歳上の今年38歳になるお兄さんがいますが、小さい頃は仲があまり良くなかったようです。

僕には燕のように兄がいて、同じように長い間嫌っていました。それは僕が多分子どもだったからなんだと今は感じています。

引用:Cinemarche

昔はお兄さんとの関係も、自分自身の生い立ちも拒絶していましたが「今では両方とも愛おしく感じるようになった」と話しています。

また、お兄さんと水間ロンさんは、ご両親が中国語で話しかけてきても、かたくなに日本語で返していた時期があったそうです。

このエピソードを聞くと水間ロンさんと同じように、お兄さんもまた、自身のルーツやアイデンティティについて、人知れず悩み苦しんでいたのかもしれませんね。

兄弟だからこそ激しく反発しちゃう時期もあると思うけど、それを乗り越えて、今の関係になれて本当に良かったね!

最後は、実力派俳優・水間ロンさんの出演作のまとめや厳選のおすすめ作品をご紹介します。

演技派俳優・水間ロンの出演作まとめ&おすすめ作品3選!

水間ロンさんの映画とドラマの主な出演作品がこちらです。

映画

  • 色あせてカラフル(2015年)… 悠木新 役
  • マスカレード・ホテル(2019年)… 松岡高志 役
  • 燕 Yan(2020年)…主演・早川燕 役
  • バイプレーヤーズ (2021年)…監督 水野 役
  • 国宝(2025年)…松浪 役

ドラマ

  • 孤独のグルメ Season 5(2015年)…劉真一 役
  • 大奥(2023年)…勝田頼秀 役
  • ミワさんなりすます(2023年)… 紀土健太郎 役
  • 連続テレビ小説 おむすび(2024年)…石渡常次 役
  • 秘密〜THE TOP SECRET〜(2025年)… 帽子の男 / 王福龍 役

多くの話題作に出演してきた水間ロンさんですが「えっ、あの役もこの役も、実は彼だったの!?」と驚いてしまうほど、観る人の記憶に深く刻まれる名バイプレイヤーとして注目を集めています。

そんな水間ロンさんの出演作の中から、個人的におすすめな作品3選をお届けします!

さっそく見ていこう!

映画『燕 Yan』(2020年)

初主演を務めたこの映画は、水間ロンさん自身の生い立ちと重なる、日本と台湾にルーツを持つ主人公を演じています。

また、制作にも参加しており、かつてお母さんを傷つけた「なんで日本人じゃないの!」という言葉をあえて劇中で使うことで「映画を通して母親に謝りたい」という水間ロンさんの思いも込められているんだそうです。

その想いが込められた繊細な演技は必見で、ルーツに悩む人はもちろん、そうでない人にとっても「自分とは何か」を見つめ直す大切なきっかけをくれる名作です。

いろいろな動画配信サービスで視聴できるから、まだ見てない人はぜひチェックしてみてね!

ドラマ『ミワさんなりすます』(2023年)

主人公の元カレ役で、未練からモラハラ気質な態度でマウントを取ってくるという、かなりやっかいなキャラクターを演じています。

初登場から視聴者をイラつかせ、そのクズ人間っぷりで最後までとことん嫌われていましたが、ここまで不快な気持ちにさせる、水間ロンさんの演技力の高さには驚きを隠せません。

さらに、物語が進むにつれてその突き抜けた「ウザさ」がなぜかクセになってしまうという、水間ロンさんファンは必見の作品です。

連続テレビ小説 『おむすび』(2024年)

画像引用:X

主人公が通う栄養専門学校で、厳しくも愛のある指導を行う調理実習の講師を演じています。

淡々とした口調やたたずまいがリアルで、SNSでも「こういう先生、本当にいる!」と大きな話題になりました。

トリッキーな役柄から、どこにでもいそうな普通の人まで幅広く演じられるのが、水間ロンさんの強みですよね。

一部SNSでは目が笑ってなくて「スナイパー講師」と言われてたんだよ(笑)

まとめ|水間ロンは中国にルーツがある日本人

この記事でわかったこと
  • 水間ロンさんのwiki風プロフィール!
    〇国籍は日本で、日本と中国のクォーター
    〇独学で中国語「HSK6級」を取得している
    〇俳優を目指したきっかけはジャッキー・チェン好きな両親の影響
    〇将来は日本と中国の架け橋になれるような俳優を目指している
  • 水間ロンさんの家族はどんな人?
    〇父親は日中のハーフで残留孤児だった
    〇母親は中国人でそのルーツが原因で子供たちと対立することが多かった
    〇兄とは仲が悪い時期もあったが今は関係が回復している
  • 演技派俳優・水間ロンさんのおすすめ作品3選!
    〇映画『燕 Yan』(2020年)
    〇ドラマ『ミワさんなりすます』(2023年)
    〇連続テレビ小説 『おむすび』(2024年)

以上、水間ロンさんの国籍や生い立ちから、家族やルーツについて、さらにはおすすめ作品3選まで、詳しく調査しました。

 独特の存在感で気になる俳優さんの一人でしたが、その背景にある複雑な生い立ちを知り、改めて驚かされました。

また、お父様が中国残留孤児であったというエピソードは終戦から80年以上が経過した今もなお、多くの人々に深い影響を与え続けているのだと、胸が締め付けられる思いです。

しかし、そんなバックグラウンドがあるからこそ、水間ロンさんは観る人を引き込んで、魅了する演技ができるのかもしれません。

これからも、変幻自在な演技で私たちをワクワクさせてくれるのを楽しみに、水間ロンさんを応援していきたいと思います!

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